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    • 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり

    • 2019年08月20日

    こんにちは。
    司法書士の村田です。

    昨日のこと。

    いつもその場所に向かうときは、不思議とワクワクします。
    車を走らせ、昨晩読んだ本の内容を思い出したり、新しい事業計画を考えたりetc

    その場所の入り口の近くには、栗の木があります。
    それが栗の木なんだ、と気付いたのは、通いはじめて最初の秋の頃でした。
    何せ、けっこうな数のトゲトゲの栗が転がっていましたので。

    私は毎年、栗が転がっているのを見て秋の訪れを感じておりました。

    今年は既に、栗が転がっていました。
    青々としていますが、トゲトゲはしっかりしているように見え、触ったら痛そうでした。

    『例年に比べて今年は早いな』
    といったようなことは、毎年時期を記録している訳ではないため、早い遅いは分かりませんが、秋が近づいているのは、確かなようでした。

    不思議なことに最近、今まで気付かなかったことに気付いたりすることが増えました。
    季節の移り変わりもそのひとつです。
    移り変わりにはそれとなく気付いてはいましたが、感じ方が全然違うような感覚です。

    季節が変われば、時が経ったことが感じられ、じゃあ自分はその間どれだけ、そしてどのように歩いてきたのか、と後ろを振り返ってみると、たくさんの方のお陰様で今の私があるのだと感じます。

    物事を様々な視点から見る、見える、考える、考えられる。
    自分の至らない点を忌憚なくご指摘して下さる先輩がいる。
    こんな私を時に厳しく、時に優しく諭して下さる方がいる。

    感謝しかありません。

    人生は旅である。
    という名言があります。

    私はまだまだ駆け出し旅人。

    私の旅が終わるとき、私は何を考えているでしょうか。
    そして、どのような人間になっているのでしょうか。

    確かなことは、旅には必ず終わりがあるということと、どのような道をどのような考えを持ちどのようにして歩いて行くのかを決めるのは自分自身なのだ、ということだと思います。

    ゆっくりで良いから、感謝の道を歩いて行きたい。
    そんなことを思った日でした。

    村田浩一